disc reviewセピア色の記憶、傾ぐ郷愁の果て

tomohiro

MatadorArms And Sleepers

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断続的に聞こえる映写機の駆動音。もう古くなってしまったフィルムは時折、画面が乱れ、暗転し、それでも誰もいない劇場のスクリーンにセピア色の風景を投影し続ける。

 

歪んだピアノのもの寂しげなイントロとともに始まる#2、優しげでフィメイルな空気感を持った2本のボーカルが機械的なバックトラックと乖離しすぎずに歌われる#3、ビート感をやや強めに押し出し、アルバム内での微睡んだ空気のカンフルとしても働くショートトラックの#6、始まりへの回帰を暗示し、メランコリックで濡れた息遣いを感じる#10。アルバム全体を通して漂うシネマティックな空気感は、聴く者の創造性を掻き立てる。

 

アンビエント、トリップホップ、スローテンポ、ブレイクビーツなど、彼らの音楽はそれぞれの要素を見事に融和させており、名前を変え継代されてきたそれらの音楽性を、フォーキーな味付けにより、美しく情感にあふれたものへと統合した。時折混じるノイズ、歪んだピアノなど、まるで蓄音機から鳴らされたかのようにまろやかで角の取れた音像は、温かみと冷たさとを併せ持っており、耳から脳へと作用し、脳裏に情景を焼き付ける。

 

彼らによって映し出されるその景色は、その時々によって形を変える。

頭だけ見えるカカシとどこまでも続く麦畑、ガス灯が心もとなくまたたく夜の路地裏、森の中の静かな湖と湖畔の小屋、その景色は異なれど、そのどれもに宿る郷愁が僕たちを記憶と夢の合間へと連れ込んで行くことだけは同じだ。聴くたびに変わる瞼の裏の景色に想いを馳せることの愉しみを覚えたら、きっともう、こちらへ帰って来る必要は無くなるだろう。

 

The Architekt

 

Matador

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tomohiro

エモを中心に枝葉を伸ばして聴いています。アナログな人間でありたいと思っています。野菜がたくさんのったラーメンが好きです。

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